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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)729号 判決 1985年12月25日

第七三四号事件控訴人・第七二九号事件被控訴人(以下「第一審原告」という。)

山本不動産株式会社

右代表者代表取締役

山本武雄

右訴訟代理人弁護士

寺嶋芳一郎

第七二九号事件控訴人・第七三四号事件被控訴人(以下「第一審被告」という。)

白浜清

右訴訟代理人弁護士

田邉勲

主文

第一審原告及び第一審被告の本件各控訴を棄却する。

当審訴訟費用中、第一審原告の控訴に関するものは第一審原告の、第一審被告の控訴に関するものは第一審被告の各負担とする。

事実

第一審原告は「原判決を次のとおり変更する。第一審被告は第一審原告に対し、金二二一万九八五〇円及びこれに対する昭和五九年四月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言並びに第一審被告の控訴棄却の判決を求め、第一審被告は「原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決及び第一審原告の控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決三枚目表七行目に「六八九万九〇〇〇円」とあるのを「六八九九万円」と訂正する。)。

理由

一第一審原告が東京都知事の免許を受けて宅地建物取引業を営む者であることは、<証拠>によつてこれを認めることができる。

二<証拠>によれば、第一審被告は訴外小島幸子及び小島弥生(以下「小島ら」という。)両名の共有にかかる東京都世田谷区上馬二丁目一七番三の宅地を賃借して使用していた(ただし、第一審被告の賃借権は同番の宅地全部に及んでいるのか、それとも賃借権はそのうちの約一〇五坪について存するのみで残り約二〇坪については第一審被告がこれを無権原で使用しているのかにつき、第一審被告と小島らとの間に紛争があつた。)こと、昭和五六年四月頃小島らは相続税を納付するため右宅地をはじめ他人に賃貸中の所有土地を処分する必要に迫られ、宅地建物取引業者である第一審原告に対しこれらの土地を各土地の賃借人に売却すること又はいわば等価交換ともいうべき方法(賃貸地をいわゆる底地権と借地権の割合に従つて面積的に二分し、底地権割合に相当する方を返還させることの対価として他方の土地の所有権を賃借人に取得させるという方法)によつて土地を処分することの仲介を委託したこと、第一審被告の賃借地(小島らの立場からは第一審被告が無権原で使用している土地が一部含まれることになる。以下右部分を含め前記第一審被告使用土地全体を「本件土地」という。)は面積が四一三・二七六平方メートルあつて比較的広い土地であつたところからこれについては右等価交換の方法によるべき旨の仲介の委託がなされたこと、第一審原告は小島らからの右委託に基づき昭和五六年六月頃第一審被告と最初に接触し、以後二年余にわたつて小島らと第一審被告との間に前記のような意味での等価交換契約を成立させるべく仲介行為を行い、その結果、昭和五八年九月六日両者間において、小島らは第一審被告から本件土地の特定部分一六五・三一四平方メートルの返還を受け、これとの対価関係においてその余の部分二四七・九六二平方メートルの所有権を小島らに譲渡することを骨子とした交換に類似する契約(前記の賃借権の及び範囲についての紛争も同時に解決したという点で和解の性質をも有する。以下これを「本件契約」という。)の成立をみるに至つたこと、以上の事実を認めることができる。

第一審被告は、小島らと第一審被告との間に成立したのは底地権と借地権との交換契約である旨主張するが、現行法上底地権なる権利は存在せず、また自己所有地上に借地権を取得することもできないのであるから、経済的にみれば交換契約に類似する契約であることの比喩的表現としてならばともかく、法律上交換契約が成立したとみることは困難であり、前記のとおり交換類似の契約が成立したものというほかない。

第一審原告は、本件契約の仲介をするについては小島らだけでなく第一審被告からもほぼ同内容の委託を受け、双方の委託に基づいて仲介をなした旨主張するが、第一審被告から第一審原告に対しそのような仲介の委託がなされたことを認めるに足りる的確な証拠はない。すなわち、第一審原告が前記仲介の過程において第一審被告の要望の実現にも意を用いたとしても、それは双方の利害の調整を本質とする仲介行為の性質上当然のことであり、また契約内容がほぼ固まつた段階で小島らだけでなく第一審被告からも契約書の文案の作成を任されたとしても、契約書の文案を作成することは宅地建物取引の仲介行為をなす以上一方の委託によるか双方の委託によるかに関係なく通常随伴する作業であると解されるから、これらの事実が存在したからといつて直ちに第一審被告からも仲介の委託がなされたとみることはできない。<証拠>によれば、小島らと第一審被告との間の本件契約の契約書(右甲号証)には、第一審被告においても仲介人に対する手数料の支払をなす旨の条項があり、第一審被告としてもある程度の手数料の支払はやむをえないと考えていたことが認められるが、手数料は常に委任事務に対する報酬であるとはいいがたいから、右事実から直ちに第一審被告と第一審原告との間に本件契約成立前に仲介委託契約があつたことを推認することはできない。また、<証拠>によれば、本件契約成立に至る過程において、双方の契約条件が折り合わず交渉が難航するうち、小島らの側では相続税納付の問題が本件土地の処分を待たずに一応解決したこともあつて、本件土地につきいわゆる等価交換契約を締結することについて消極的な姿勢を示すようになり、前記の賃借権の及ぶ範囲に関する紛争を訴訟に持ち出す意向を示すなどして一時期交渉が中断したことがあつたが、第一審原告が、小島らに対しては訴訟による解決を図ることは賢明でないことを説き、第一審被告に対しては第一審被告の側から交渉の再開を持ちかけるよう勧めるなどして仲介斡旋に努めた結果、本件契約の締結に漕ぎ着けたものであることが認められるところ、右の経過をもつて、小島らからの仲介委託が一度終了し、これとは別に第一審被告からの委託による仲介行為が開始されたとみるのは相当でなく、当初の小島らの委託が多少の曲折を経ながらも最後まで存続していたものであり、第一審原告も終始これに基づくものとして仲介行為を行つていたとみるべきである。その他第一審被告から第一審原告に対して仲介の委託がなされたことを認めるに足りる証拠はない。

三しかしながら、宅地建物取引業者の仲介行為によつて契約が成立した場合、当該業者は仲介の委託を受けていない契約当事者に対しても、その者のためにする意思をもつて仲介行為をなしたことが客観的にみて明らかであるときには、商法五一二条に基づいて報酬を請求し得ると解されるところ、当事者双方の弁論の経過に照らせば、第一審原告は、右仲介委託契約の主張とともに、右主張が認められない場合同条に基づく報酬請求権の存在をも主張するものであることが窺われる。

しかして、前掲各証拠によれば、第一審原告は小島らの委託に基づいて本件契約の成立に努めたものであるが、比較的公平な立場において双方の利害を調整し、第一審被告の要望をも斟酌して仲介行為を行つたとみ得ること、第一審被告としては第一審原告の仲介活動を十分に認識し、かつある程度の評価もしており、そのうえで契約当事者の双方が仲介人に手数料を支払う旨の記載のある前記甲第四号証に署名押印していることが認められ、右事実に照らすと第一審原告は第一審被告のためにも仲介行為を行つたことが客観的にみて明らかであるというべきであり、したがつて、第一審被告は第一審原告に対し商法五一二条に基づく相当額の報酬金を支払う義務を負うものといわなければならない。

四そこで次に、第一審被告において支払うべき報酬の金額について検討する。

第一審原告は、本件契約を交換契約と理解し、かつ本件土地と他の物件とを交換する場合と同様にみて宅地建物取引業者が受けることのできる報酬の額を定めた告示(昭和四五年建設省告示第一五五二号)の第一(売買又は交換の媒介に関する報酬の額)により本件契約の仲介に関する報酬額を算出し、本訴においてもこの金額を請求しているが、本件契約が正確な意味での交換契約でないことは前記のとおりであり、交換に類似するといつても本件土地と他の物件との交換に類似するのではなく、本件土地の内部においていわば価値的な交換が行われる点において交換契約に類似するのであるから、本件土地の価格をそのまま交換に係る物件の価額とみて前記建設省告示を適用するのは相当でない。

しかし、本件契約と交換契約との経済現象としての類似性に着目して前記建設省告示を準用すること自体は必ずしも不当ではなく、その場合には、先に法律上の観念として否定した底地権と借地権との交換という観念が有用となる。すなわち、物権化した賃借権とこれによつて制限を受けている所有権を意味する底地権という観念を前提とすれば、本件契約の経済的実体を本件土地のうち小島らに返還された部分の賃借権とその余の部分の底地権との等価交換と解することも可能であり、その賃借権又は底地権の価額をもつて前記告示にいう「当該交換に係る宅地若しくは建物の価額」とみて右告示の基準に従い交換の媒介に関する報酬額を算出し、これをもつて本件契約の媒介に関し第一審原告の受け得る報酬額の上限とすることには合理性が認められる。

ところで、右の方法によつて報酬額を算出するには本件契約において前提とされた借地権割合を知ることを要するが、本件契約においては、前述の賃借権の範囲についての紛争があるため、これを第一審被告の主張に従つて解決したものと仮定すると、先に認定した土地の分割比率に照らし、借地権割合は六〇パーセントと合意されたように認められ、右紛争を第一審原告の主張に従つて解決したものと仮定すると、借地権割合は約七一・四パーセントと合意されたようにも認められるのであり、この点が不明確のままいわゆる等価交換としての分割所有の合意が成立しているところに本件契約の和解的性格が存在する。しかし、本件契約を交換契約に準ずるものとしてその仲介報酬を考えるためには、右の和解的性格を捨象し借地権割合を確定する必要があるところ、それには、前述の約二〇坪に対する賃借権の存否に関する紛争は互譲により一〇坪については賃借権が存在するものとして等価交換の対象とし、一〇坪は無条件で返還されたものとみなすのが相当であり、そのことを前提に本件契約において合意された借地権割合を前記面積比から逆算すると約六五・二パーセントとなる。

<証拠>によれば、本件契約が締結された当時の本件土地の更地価格は一坪当たり約一〇〇万円であつたことが認められるので、右更地価格と右六五・二パーセントの借地権割合に基づき第一審被告が取得した二四七・九六二平方メートルの土地の底地価格及び小島らが返還を受けた一六五・三一四平方メートルから一〇坪(三三平方メートル)分を差し引いた一三二・三一四平方メートルの土地の借地権価格を求めると、いずれも約二六一四万円となる。

そこで、右価格をもつて本件交換に係る物件の価額とみなし前記建設省告示に基づいて第一審原告が契約当事者の一方から受け得る報酬額の上限を算出すると、八四万四二〇〇円となる。

第一審原告が小島らから本件契約の仲介報酬として既に一八〇万円を受領していることは当事者間に争いがなく、前掲各証拠によれば、本件仲介において第一審原告は取引の相手方を探す必要はなかつたこと明らかであり、第一審被告からの仲介委託がなかつたことは前記のとおりであり、これらの事実及び等価交換契約の成立に附随して前記賃借権の及ぶ範囲に関する紛争の解決に貢献したとしても、それは本来土地建物取引業者の業務の内容とはいえないからこの点の労務に対し前記法条に基づく報酬請求を認めるのは相当でないこと等を考慮すると、本件契約に関する仲介報酬として第一審原告が第一審被告に対し請求し得る金額は、五〇万円が相当であると解される。

五そうすると、第一審原告の本訴請求は、第一審被告に対し本件報酬金五〇万円及びこれに対する履行期後である昭和五九年四月一二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容すべきものであり、その余は理由がないからこれを棄却すべきものであつて、これと結論を同じくする原判決は相当であり、第一審原告及び第一審被告の本件各控訴はいずれも理由がない。

よつて、本件各控訴を棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官森 綱郎 裁判官高橋 正 裁判官清水信之)

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